ナポレオンと元帥ベルナドットの関係について

ナポレオンとベルナドットの関係について聞いたことがあるでしょうか。

ベルナドットというのはナポレオン戦争の時代のフランスの軍人ですが、スウェーデンではカール14世ヨハン、ノルウェーではカール3世ヨハンとして知られている国王でもありました。

ナポレオンのライバルとしても知られていた人物であり、その関係は非常に緊張していたと言われています。

ここではナポレオンとベルナドットについて解説します。

ナポレオン戦争での活躍

フランス革命が起こったとき、ベルナドットは将軍となり、目立った活躍を見せていました。

ウィーン大使や陸軍大臣も務めており、軍人としては極めて優勢だったのです。

1799年、ブリュメール18日のクーデターでナポレオンがフランスの政権を握りましたが、ベルナドットはナポレオンに対し反対姿勢をとり続けました。

ナポレオンが皇帝に即位したときに若いし、ナポレオンから帝国元帥として任命されたのです。

そしてナポレオンとともに戦争に赴き、アウステルリッツの戦いなどでは様々な活躍を見せました。

その一方でベルナドットとナポレオンはずっと緊張した関係を維持していたとも言われています。

スウェーデン王位継承者

軍人として活躍していたベルナドットでしたが、1810年、スウェーデン議会によってスウェーデンの王位継承者に選ばれたのです。

そこでベルナドットはカールヨハンと名前を変えました。

摂政として国政の舵取りを行い、カール13世に代わって政治に関わるようになったのです。

ベルナドットが選ばれた理由は、何よりもフランスとの関係を強めるためであり、1809年にロシアに割譲されたフィンランドを取り返すためでした。

そこでベルナドットはロシアやイギリスと同盟を結び、ナポレオンに対抗することにしたのです。

対仏大同盟に参加

フランス革命を経験しヨーロッパ全体に勢力を強めていたフランスに対し、ヨーロッパ諸国は対仏大同盟というものを結んでいました。

それは頻繁に解体され、新しく作られ、の繰り返しでしたが、1813年スウェーデンは第6回対仏大同盟に参加することにしたのです。

そこでベルナドットは解放戦争に参加することになりました。

ライプチヒの戦いで決定的な勝利を収め、ノルウェーはスウェーデンに割譲されたのです。

このようにしてベルナドットはノルウェーの国王としても名前を馳せることになりました。

まとめ

いかがでしょうか。

ナポレオン戦争においてベルナドットという名前はなかなか出てこないかもしれませんね。

ましてや戦争に参加していた軍人がその後で国王になっただなんて、とても面白い変化です。